中川運河の前身は中川と言い、名古屋城の築城には石垣の石を運ぶのに使われたそうです。名古屋港の整備とともに鉄道とつなぐ運河の構想が生まれ、1930年(昭和5年)港と笹島の貨物駅を結ぶ運河として建設された。当時は東洋一の大運河完成と新聞は報道しました。
松重閘門
高速道路をはさんで東側の堀川にも同じ形の塔があります。
中川運河は潮の干満に影響されない閘門式運河です。庄内川の水をかんがい用水として流している堀川は松重町では中川運河よりも水位が高く、この水位差を調整するのが松重閘門です。両端にそれぞれ上下式の水門を持つ幅8.5m、長さ90mの水路で、船が中川運河から水路に入ると中川側の水門を閉め、地下の暗梁で堀川の水を水路に入れて水位をそろえたのち、堀川側の水門をあけて船を堀川に通します。船は約20分で閘門を通過したといいます。水門を開閉する機械装置を取り付けた鉄橋を支持し、水門開閉用の釣り合いおもりを収容しているのが松重閘門の塔です。

柳原橋より

小栗橋から

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