街道を行く
塩付街道
石仏の地蔵
蹄鉄屋跡
塩付街道と飯田街道とが交わる南西角に蹄鉄屋があり、両街道を往来する馬にとっては便利な鍛冶屋でした
のうらい地蔵
以前は南の三叉路にあったもので、「左なごや道右のうらい・かちがわ道」と読み取れました。現在はマンションが建設され行方不明です。
石仏の地蔵
このあたりは古墳群があった場所で、施主の名を冠して玉置地蔵とも呼ばれています。

石仏弘法大師
石仏 白山社
善昌寺
旧街道の面影が残っている
塩付街道をのぞむ
おもかる地蔵
このお地蔵さんに願いごとをして、お地蔵さんを持ち上げ、上がればかなうと言われています。
石仏 白山社
祭神は石仏村の氏神「菊理姫命」(きくりひめのみこと)。貞享年間(1684〜87)に服部総一郎善昌が加賀白山の「山ノ神」を勧請したといわれています。社殿は前方後円墳の後円部に造営されたといわれています。古観音廃寺跡からは奈良時代の「布目鬼瓦」が出土しています。
また、むかし、村の若者達の力競べに使われた「力石」も残っています。

みやみち地蔵
川澄地蔵
藤成神明社
みやみち地蔵
昔から宮参り(熱田神宮)往来の道しるべとして露座していた辻地蔵です。
「右・みやみち、左・なるみみち」としるされています。
川澄地蔵
碑文に「川澄地蔵大菩薩奉安三百年記念、寛文7年(1667年)奉安」とあります。堂内には古いお地蔵さんと「馬頭観音」が安置され、馬の安全と商売繁盛を願ったものと思われます。
藤成神明社
主神・天照大神、土地の神様「鬼王神社」があり「おきよさま」と言われています。