2006年8月5日:ジンさんに誘われ、蓼科高原に遊ぶ。宿泊場所である中京大セミナーハウスには6時半までに到着の予定で、念願の信州上田市真田町を探訪する。九度山町出身の妻はこころなしかハイな気分で景観や城跡、資料館を見てまわっていた。
名古屋から高速を飛ばし約三時間で腹ペコ、まずは腹ごしらえとかねてから調査済みの上田市の「草笛」で天丼、山菜そば、くるみそば、ざるぞばを発注。お店の人にそばの量が多いからと小盛にしてもらい大正解。濃味の天丼は抵抗無く腹に落ち、くるみそばも甘味を感じながらもワサビが効いて、なるほどの名物と実感できた。小盛のそばも妻と娘は機嫌よく平らげた。
妻は和歌山県は九度山町の出身で、真田親子の押し込められた真田屋敷(庵)は数歩の所。信州真田町を見てみたいと蓼科行きに参加。なんだか遠い親戚の墓参りの様相です。
資料館では九度山から来たと伝えても何の反応も無く拍子抜け。さすが徳川時代も生き残っただけあって各種資料も豊富でうらやましいが、上田市と合併以後あまり重きを置かれず冷房施設も無い有様で、観光客は汗だくでした。
真田本城跡とされる小山の頂上から下界を望むも、平城に慣れた身には意図が理解できないほど集落が遠い。例えば楠公の千早赤坂城を思えば良いのかしら。いずれも山賊、野伏りの親玉と思えば局地戦、ゲリラ戦は得意のはずと勝手に理解納得。駐車場脇にリンゴを見つけホッとする。