名古屋駅の西北の椿、則武、栄生、日比津は、駅裏と呼ばれ、あまり脚光を浴びる場所ではなかった。再開発の影響でその変ぼうぶりは目覚ましいものがある。地の利からいえば当然のことである。
西側からみたツインタワー
椿神明社
新幹線駅の一本西側にあります。「小治田之真清水」は古木の森とかいてある。森の東に笈瀬川があり、わずかに地名に残る。この笈瀬は「御伊勢」のことで、この川にカッパがおり、椿の森のカッパは子供に化けては相撲をとり負けた事が一度も無いそうだ。近くの幅下に住む河合小伝治という老武士に悪さを仕掛け、逆に取り押さえられが一命は助けられ、笈瀬川に逃げ込んだ。以後は姿を表さなかった。都心のここにカッパ伝説が残る。伊勢神宮の下宮を勧請、ちなみに内宮は牧野神明社である。
大松稲荷と水野神社
則武八幡宮:環状線沿いの小さな社。牧野から佐屋街道までが則武名という荘園で、源義朝の弟の孫、愛智四郎頼為が領した。
「則武」
「小治田之真清水」には牧野村を始め、南西、佐屋街道の南まで「則武庄」と呼べりとある。平安末期にここらを領有した豪族の名前から地名となったらしい。

戻る  NEXT