大神神社(おおみわじんじゃ)
「三諸の神名備」と称される三輪山を神体山とする我国最古の神社です。古事記、日本書紀によれば蛇の化身であり、八岐大蛇伝説の原典ではないかといわれています。大物主大神は酒の神でもあり造り酒屋の軒先きの杉玉はここから授与される。
崇神天皇から推古天皇までの十三代の皇居遺跡があり、やまのべの道の基点でもあり、四・五世紀頃の日本の政治経済の中心地に思いをはせる。
2001年夏休みの途中下車・桜井・大神神社
二の鳥居前
拝殿前の素朴な鳥居
質素な拝殿
参道はさすがの厳かさ
知恵の神・久延彦神社
左手のそうめんは逸品でした

大物主大神(おおものぬしのおおかみ)・大己貴神(おおなむちのかみ)・少彦名神(すくなひこなのかみ)
当神社に祀る神、三輪の神、大物主神について、文献で最初に記述されるのは、 我が国最古の歴史書、『古事記』の上巻にあります。
それによれば、大国主神が、自分と協力して、ともに国造りに励んできた少彦名神がなくなられ、 独りしてどうしてこの国を造ればよいか思い悩んでいた時、「海を光(てら)して依り来る神」が あった。その神が、「我がみ前をよく治めれば協力しよう」と申し出た。これに対し、大国主神は「お祭り申し上げる方法はどうしたら良いのでしょうか」と問うたところ、その神は、「自分を倭(やまと)の青垣、東の山の上に斎きまつれ」と希望した。その後に、「こは御諸(みもろ)の山の上に坐す神なり」と記されています。
つまり大和の国の周囲を垣のように取り巻いている青山のその東方の山上、三輪山にお祭りした神が、 三輪の神であり、これが大神神社ということであります。続いて、同じ『古事記』中巻の 神武天皇段に至って、三輪の神は「大物主神(おおものぬしのかみ)」であることが記されます。

久延毘古命
例祭日 5月5日 9月1日 12月第1日曜日ご祭神の久延毘古命は、大国主神が国造りの際、多くの神がご存じなかった、少彦名命(すくなひこなのみこと)の神名をお教えになられた神様であり、知恵は世に類なく優れておられ、『古事記』には「足はあるかねど天下の事を、尽(ことごと)に知れる神」と記されている神様であります。
特に受験合格・入学・進学・就職等の成就安全をおまもり下さる、知恵の神様として信仰されており、社頭にはそれぞれの願い事を書いた「願かけ絵馬」が数多く掛けられています。